罪のあがないを求めて
エラスムスがスーパースターから、孤独な「異端容疑者」へ転落したきっかけになったのは、先に述べましたように、マルティン・ルターの宗教改革でした。しかしルターに始まる宗教改革は、十五世紀までのヨーロッパ人の精神を支配していたカトリック教会の権威をも失墜させました。話を二十年ほど戻して、そのルターがいかにしてローマ・カトリック教会と訣別したかを見てみましょう。
ルターは、ドイツ東部の修道院で修行する修道僧でした。彼はたいへん真面目な修道僧で、真面目なあまり、自分が求める魂の救いがとてもたどりつけないことのように思えて、苦しみ、ふるえおののいていました。その昔エデンの園で、人類最初の女イブがへびにそそのかされ、その夫アダムとともに禁断の実を食べてしまいました。神はこれを怒り、かれらおよびその子孫に、生きるためには一生苦しまなければならないという罰を与え、楽園から追放しました。完全な善である神が創造した物であるにもかかわらず、人が悪に誘惑されやすく罪を犯しやすいのはここに起源があり、「原罪」と呼びます。
ユダヤ教では、神による宇宙創造は現在も進行しており、これが完成に近づくと救世主を遣わし、人間ひとりひとりを生前の行いにもとづき「最後の審判」にかけると考えます。もし生前に罪を悔い改め、神がモーセを通じて人間に与えた律法を遵守していれば、義人として永遠の生命が与えられます。しかし律法を守らず罪人のままだと、永遠の滅びに落とされ、呪われた魂となります。これが神と人間との契約であり、律法は、契約を人間の側から守る倫理・生活規定でした。
ユダヤ教から派生したキリスト教も「原罪」の考えを受け継いでいます。ただキリスト教では、イエスが人の罪を肩代わりして十字架にかけられたことによって、律法を通じてではなく、イエス・キリストへの信仰を通じて義人となる道がうまれた、と考えるのです。ですからキリストへの信仰は、新しい神との契約であり、キリスト教が世界宗教になりえたのも、救いへの道をユダヤの律法から解放したからでした。
マルチン・ルターは、修道院で厳しい修業や苦行を積みましたが、積めば積むほど、自分は罪人であるという思いから逃れられませんでした。神は、新しい契約によって、律法ではなくキリストへの信仰という「義人への道」を与えられました。しかし、いかに真摯に信仰し修業や苦行を行っても、罪人であるという意識を払拭することはできません。むしろ心が掃き清められればられるほど、完全に正しき心になるのは、神ならぬ人間には不可能なことに思えたのです。
そんなルターのおののきを取り払ってくれたのが、新約聖書にある、使徒パウロが書いた「ローマ人への手紙」にある、「信仰によって義とされる」という考えです。パウロも悩み苦しんで、ユダヤ教徒からキリスト教徒へと回心しました。イエスの直弟子たちがユダヤの律法にこだわっていたのに対し、パウロは律法ではなく信仰によってのみ義(ただしい)人になることができる、そのためにイエスは人の罪をあがなって十字架につけられたのである、と主張しました。人を義とすることができるのは、律法の遵守でも厳しい修行でもありません。ただただ信仰のみ、なのです。パウロと同じように苦しんだルターが、パウロの言葉に救われたのは自然なことだったかもしれません。
ルターが修道院の中で悩み苦しんでいたとき、世俗社会では免罪符というものが売られていました。もともと免罪符とは、ローマ教皇が発行する、罪の償いが免除されると信じられていた証書です。なぜそんなありがたい「効用」があるかといいますと、キリストがその弟子ペテロに魂を救済できる力、使っても使っても尽きることのない力を委ねた、と信じられたことによります。歴代ローマ教皇は使徒ペテロの後継者ですから、その「力」は教皇庁に貯えられており、信者は免罪符の購入によって、その恩恵にあずかることができるというのが教会の説明でした。
免罪符もはじめは、ささいな教会への寄付金であったかもしれませんが、やがて教会の収入に大きな割合を占めるようになっていきました。とくにイギリスやフランスが国王中心の集権国家へ生まれ変わり、聖職者への叙任権や教会・修道院への課税権を国王側が確保するようになると、これらを収入源にしていたローマ教会は、財政の基盤をもっぱら集権国家化が遅れているドイツに頼るようになりました。宗教改革が後進国ドイツで始まった背景には、こうした経済事情があったのです。
ルターが直面した免罪符も、ブランデンブルク辺境伯の弟が大司教の地位を手に入れるために、ローマ教会への支払代金を大富豪フッガー家からの借金でまかなったことに端を発していたました。すなわち、大司教の管区内で免罪符を発行し、フッガー家が貸付金の取り立てとして免罪符の売上を回収するという形をとりました。しかもその販売にあたっては、「お金が箱の中でチャリンと音を立てさえすれば、親類や友人の魂は煉獄の焔の中から飛び出し天国へに舞い上がるのだ。免罪符を買えば、キリストの母マリアを犯しても許されるのだ」と、とんでもない口上が使われていました。
どのような善行も義人への確信に導くことができない、と悩んでいたルターにとって、この免罪符販売は明らかに誤った行為です。一五一七年、ルターは有名な「九十五カ条の論題」を発表します。この時点のルターには宗教改革の意思などはなく、教会関係者にいきすぎた免罪符販売を正すようにうながすだけのつもりでした。
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