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第十四講 新しい神話⑥

近代哲学批判

 神の世界こそが真の世界と説き、長らく人々を精神的に支配するのみならず、王侯貴族といった世俗権力にも勝る権力を持っていたキリスト教も、ルネサンスや宗教改革を経て、その権威は失墜しました。ヨーロッパの国家は、国王を中心にまとまり、ローマ教皇の超国家的な権力も、教会の世俗的な権力も、国民国家の前に吹き飛んでしまったのです。

 政治的な衰退に続いて、キリスト教の描く世界観も、科学的なメスが入れられるようになります。コペルニクスは、地球中心説(天動説)から太陽中心説(地動説)への転回を唱え、ガリレオやケプラーが科学的な証明を加えました。とくに太陽すら宇宙の中心ではなく、宇宙は無限であり、どこにも中心などない(あるいは、どこもが中心である)という事実は、神によって計画的に創造された宇宙という概念を大きく揺さぶりました。

 思想面でも、変革の嵐は押し寄せます。ソクラテスやプラトンは、理性の働きによって、人間はものごとの本質や完全な理想型(イデア)を観ることができると考えました。プラトンは、実在の背後に本質としての存在がある、と考えます。さらに突き詰めていくと、完全な存在であり、すべての存在の第一原因である神がいる、と唱えました。神や霊魂を探求しようとする思想(形而上学)は、プロティノスを経由した後、聖アウグスティヌスによってキリスト教に取り入れられます。こうして連綿と受け継がれ、発展してきた形而上学を批判したのが、カントでした。

 神や霊魂については、人間は経験したことがありません。こうした経験に基づかないものを、理性によって判断することはできない、というのがカントの批判です。しかし一方でカントは、われわれの心の内部から、われわれに命令する声があるといいます。この声こそ、実践の場における理性であり、道徳律(良心の命令)にほかなりません。道徳律にしたがって人間に努力させるために、道徳と意志が一致している存在、すなわち神の存在が必要であり、人間がそこへ近づくために、霊魂が永遠である必要があります。カントによれば、理性による判断ではなく、理性の実践の場で、神の存在や霊魂の永遠性が要請されるのです。

 十八世紀後半のカントに続く十九世紀前半のヘーゲルは、理性を「論理的に思考する能力」あるいは「思慮的に行動する能力」にとどめず、「人間の精神が普遍化したもの」であると考えました。その理性が歴史を動かしている、といいます。歴史を動かしている本当の力(理性)が、具体的な人間の身体を通して、現実世界に現れるのです。いいかえれば、人間の精神が普遍化したもの(世界精神とも呼びます)が自己実現していく過程として歴史があります。そして、世界精神の自己実現の行き着くところは、理性が社会や国家を完全に支配し、人間が主体的であることができ、自由が実現する世界です。

 たしかにカントやヘーゲルは、ソクラテスやプラトンが唱えたような、理性を突き詰めれば神や霊魂について分かることができるという楽観的な形而上学を批判しました。しかしかれらも、世界に意味を求めようとしていた点では、彼ら以前の形而上学、さらにはキリスト教と変わりません。ニーチェは、世界に意味を求めようとする試みそのものを批判しました。これまで人々が求めてきた意味には、三つの側面があります。

 第一には、この世界には確固とした目的があり、世界はそれに向かって進んでいること。キリスト教における、神の計画や愛に満たされる世界も目的でした。カントにおける道徳律と意志の一致も、ヘーゲルにおける世界精神の自己実現も目的です。

 第二には、世界にはなんらかの秩序があり、統一的な組織体であること。秩序があるからこそ、われわれは安心して、その一部であることができます。いいかえれば身を任せることができるのです。キリスト教では神が世界に秩序を与えていますし、カントやヘーゲルも世界を統一した組織体として捉えようとしました。

 第三には、この世界は移りゆく仮りの世界にすぎず、どこか超越したところに、真の世界が存在するはずだということ。キリスト教はこれを神の国と呼びました。カントにとっては道徳と意志が一致したときが、ヘーゲルにとっては世界精神の自己実現が完了したときが、真の世界でした。

 こうした、世界に意味を求める試みは、裏を返せば、現実世界の苦悩から逃れようとする試みにほかならない、とニーチェはいいます。つまり、苦悩に満ちた生から目を背け、心に描いた「真の世界」に逃げ込んでいるというのです。しかし十九世紀後半になると、苦悩からの逃げ場になっていた「真の世界」の存在が疑問に思われてきました。

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