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梁惠王篇 六章②

惠王を継いだ襄王は、君主としての資質に欠けていました。孟子はそれを一度の謁見で見抜き、魏を去ります。

吉田松陰は、襄王のどういうところが暗愚であるのかをズバリ指摘しています。それは「天下は悪(いず)くにか定まらん」という天下国家のことを、孟子と会うなり、いきなり聞いてきたことです。「自国をどのようにしたら強くすることができるだろうか」とか、「自国のためにはどの国と手を結んでいけばいいのだろうか」と聞くのならまだ分かります。もちろん、そう問うたとしても、孟子は目先の利益にこだわることなく、王道政治を勧めたでしょう。しかし襄王は、魏が周囲の国に侵食されて危急存亡のときにあるにも関わらず、あたかも世間話をするかのごとく、「この乱れた天下はいったいどこに落ち着くのだろう」と聞いてきたのです。自国の置かれている状況認識が甘いというか、まったく鈍感で、愚鈍というよりほかはありません。松蔭も「たわけ者」と切り捨てています。

志があれば、自然とその発する言葉には、一般の人と違ったものがあるはずです。一方、自分の家や国家について切実に考えなければならないことを、世間話のように語る人間には価値がないと言います。松蔭のこの言葉は、われわれにも向けられていると思わなければいけません。しかも松蔭の厳しさは、こういうことを人物判断の秘訣だということも世間話のたぐいである、と断じます。天下国家を語るのも、人物を見極めるのも、切実に真剣でなければならないのです。

これで、「梁惠王篇六章」を終わります。

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