孟子 はじめに③
孔子と孟子とでは、その時代に百八十年の開きがあります。百八十年の間に時代は大きく変わっていました。孔子が活躍した春秋時代では、思想家はあくまでも君主の臣下でした。孔子とその弟子たちのサークルは、任官養成学校ともいうべきものでした。一方、孟子の時代には、諸子百家は君主の師として振舞うものも少なくなかったのです。そもそも孟子自身がそうでした。斉の宣王との関係を、君臣ではなく師弟のごとくあろうとしたのには一種の頑固ささえ感じます。それがために結局、王とは心が離れ、ついには斉にいられなくなってしまうのです。
戦国時代は、君主が自国の強化のために、諸氏百家を重んじた時代でした。孔子の時代の遊説家は、食うに困ることもしばしばでしたが、孟子の時代は、著名な遊説家は豪華な行列で大勢の弟子たちを引き連れて移動していたのです。君主の方も、遊説家だけでなく、一芸に秀でたものは食客として抱えていました。戦国四君のひとりである孟嘗君(宣王の甥)は数千人の食客を抱えていたと言われます。彼は、盗みが得意な食客と、鶏の鳴き声の真似が上手い食客によって、命拾いをしています(鶏鳴狗盗)。
だた、もし孔子が孟子の時代に生まれていたとしても、孟子のように振舞ったでしょうか。私はそうは思いません。そこに、人格的に聖人のようであった孔子と、人格的には欠点も多かった孟子との違いがあります。貝塚茂樹(ノーベル賞受賞者湯川秀樹の長兄で、東洋史学者)が孟子をあまり好きでないひとつの理由も、そこにあるのかもしれません。ただ私は、人格的に欠点のある方に魅力を感じます。人間味を感じるからです。
| 固定リンク


コメント
僕の好きな孟嘗君が出てきましたね。
読んでいくうちに、点と点がつながっていくのでワクワクします。
投稿: HW | 2009年6月 4日 (木) 00時01分
宮城谷さんの『孟嘗君』に登場する白圭も、「孟子」の中に登場します。
中国統一へのマグマが沸々としていた時期なのですよね。
投稿: ねこまつ | 2009年6月 4日 (木) 00時33分