梁惠王篇 六章①
魏(梁)の惠王は、紀元前三一九年に亡くなります。継いだのは子の襄王です。新王は凡庸というより愚者だったようです。梁惠王篇の六章は、この襄王との対話です。
【訓読文】
孟子、梁の襄王に見(まみ)ゆ。出でて人に語(つ)げていわく「之(これ)を望みたるに人君に似ず、之に就(ちかづ)けども畏るる所を見ず。卒然として問いていわく『天下は悪(いず)くにか定まらん』と。吾(われ)対(こた)えていえり『一つに定まらん』と。『孰(たれ)か能(よ)く之を一つにせん』。対えていえり『人を殺すことを嗜(この)まざる者、能く之を一つにせん』と。『孰か能く之に与(くみ)せん』。対えていえり『天下、与せざるものなし。王は夫(か)の苗を知るか。七八月の間(ころ)、旱(ひでり)なれば則(すなわ)ち苗は槁(か)れんも、天油然(ゆうぜん)と雲を作(おこ)し沛然(はいぜん)と雨を下(ふ)らさば、則ち苗は浡然(ぼつぜん)と興(おこ)らん。其(も)しかくの如くならば、孰か能く之を禦(とど)めんや。今夫(そ)れ天下の人の牧(きみ)に、未だ人を殺すことを嗜(この)まざる者あらず。もし人を殺すことを嗜まざる者あらば、天下の民はみな領(くび)を引(の)べて之を望まん。誠にかくの如くならば、民の之に帰すること由(なお)水の下(ひく)きに就(つ)きて沛然たるがごとし。誰(たれ)か能く之を禦めんや』と」。
【現代語訳】
孟先生が、襄王にお目にかかった。御殿を退いてから、ある人に話された。「新しい王様は遠くから見ても王様らしいところがなく、近づいてお会いしても威厳がない。初対面の挨拶もそこそこにいきなり、『この乱れた天下はいったいどこに落ち着くのだろう』とお尋ねになる。そこで私がかしこまって『いずれは必ず統一されましょう』とお答えすると、また『だれがいったい統一できるのだろう』と問われる。そこで『人を殺すのを好まない仁君であってこそ、はじめてよく統一できましょう』とお答えすると、『いったいだれがそれに味方するのだろう』とまた聞かれる。そこでこうお答えした。『天下に味方しないものは一人もありますまい。王様、あの苗をご存知でしょう。七月八月ごろ、日照りが続くと苗は萎れて枯れそうになります。しかし、このとき空に急に大きな雲がわき起こって、勢いよく大雨が降れば、苗はたちまちむっくりと起き上がるでしょう。もしそうなった(雨が降ってきた)ならば、だれが苗が起き上がるのを止めることができましょうか。ところで今、天下にいる君主で、人を殺すことを好まないものはおりません。もし、このようなときに人を殺すことを好まない君主が現れたならば、天下の人民はみな首を長くして、(その君主が自分たちの国の君主になってくれること期待して)眺めるでしょう。実際にそうなったら、水が勢いよく低いところへ流れていくように、この君主に帰服する人民は、次から次へと増えていくのです。誰がその流れを止めることができましょうか』。
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