梁惠王篇 七章③
牛が殺されに引かれていくのを見て「可哀想」と思った宣王には、憐憫の情があり、それが民を慈しむ心につながると考え、孟子はこのエピソードを持ち出しました。孟子は、牛を殺すのも羊を殺すのも「五十歩百歩」だと言っています。「論語」では、孔子の弟子が、「ある儀礼が形式化しているので、それに用いる羊のいけにえも廃止してはどうですか」と問うたのに対し、孔子が「お前は羊を愛(おし)むであろうが、私は儀礼が崩れるのを残念に思う」と答えています(「八佾」十七)。孟子の場合は、民に仁政が施されることを優先したのでしょう。
【訓読文】
いわく「傷(いた)むことなかれ。是れ乃(すなわ)ち仁の術なり。牛を見れども未だ羊を見ざればなり。君子の禽獣に於(お)けるや、その生けるを見てはその死するを見るに忍びず、その声を聞きてはその肉を食(くら)うに忍びず。是の以(ゆえ)に君子は庖廚(ほうちゅう=くりや)より遠ざかるなり」
王説(よろこ)びていわく「詩に『他人に心有り、予(われ)之(これ)を付度(はか)る』と云えるは、夫子(ふうし)の謂(いい)なるかな。我乃ち之を行い、反(かえり)みて之を求むれども、吾(わ)が心に得ず。夫子之を言いて、我が心に於いて戚戚(おもいあ)たるもの有り。此の心の王たるに合(た)る所以(ゆえん)の者は何ぞや」
【現代語訳】
孟先生がいわれた。「(人民たちが王様が物惜しみしたと言っていることは)お気になさいますな。これ(王様が牛を可哀想だとおもわれたこと)こそが仁への道筋なのです。(羊に替えよとおっしゃられたのは)牛はご覧になられていましたが、羊はまだご覧になっていなかったからです。鳥でも獣でも、その生きているものを見ていては、殺されるのはとても見ることはできないでしょうし、その(殺されるときの)声を聞いては、とてもその肉を食べることはできないでしょう。ですから、君子は調理場より遠いところに居間を建てるのです」
王は喜んでいわれた。「詩経」に『他人の心を、われよく推しはかる』とあるが、これは先生のことをいったようなものだ。自分でこのこと(羊に替えさせたこと)を行ったのに、自分で振り返ってそのときの自分の心の内を考えても分からなかった。先生の話を聞いて、自分の心に思い当たるものがあった。しかし、この心があれば王者となるのに十分であると(先生が)いうのはどうしてだろうか」
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