梁惠王篇 七章④
孟子が宣王を励ますため、羊は目の前にいなかったので、羊に対する哀れみの気持ちは薄かっただけですと言います。目の前の牛を可哀想と思う心が大切なのだと説きます。自分ではうまく説明できなかった「慈しみの心」を孟子に褒められて、宣王は孟子の話に引き込まれてしまいます。そして自分から問うのです。「牛を可哀想と思う心が、どうして天下の王となるのことにつながるのか」と。
【訓読文】
いわく「王に復(もう)す者有りて、『吾(わ)が力は以って百鈞(きん)を挙ぐるに足るも、以って一羽(う)を挙ぐるに足らず。明(めい)は以って秋毫(しゅうごう)の末(さき)を察(み)るに足るも、輿薪(よしん)を見ず』といわば、則(すなわ)ち王之(これ)を許さんか」
いわく「否(いな)」
「今恩(なさけ)は禽獣に及ぶに足るも、功(いさおし)の百姓(ひゃくせい)に至らざるは、独(まさ)に何ぞや。然らば則ち一羽の挙がらざるは、力を用いざるが為なり。輿薪の見えざるは、明を用いざるが為なり。百姓を保(やす)んぜららざるは、恩を用いざるが為なり。故(ゆえ)に王の王たらざるは、為(な)さざるなり、能(あた)わざるに非(あら)ざるなり。
いわく「為さざると、能わざるとの形は、何以(いか)に異なるや」
いわく「大山(たいざん=泰山)を挟(わきばさ)みて以って北海(ぼっかい=渤海)を超えんこと、人に語(つ)げて『我能わず』という。是(こ)れ誠に能わざるなり。長者(めうえ)の為に枝(し=肢)を折(ま)げんこと、人に語げて『我能わず』という。是れ為さざるなり。能わざるに非ざるなり。故に王の王たらざるは、大山を挟みて以って北海を超ゆるの類(たぐい)に非ざるなり。王の王たらざるは、是れ枝を折ぐるの類なり」
【現代語訳】
孟先生がいわれた。「いま誰かが王様に、『私の腕力は、百鈞(三千斤=約千八百キロ)もある重いものでも持ち上げられるのだが、一枚の羽根は持ち上げられない。私の視力は、秋に生えかわる細い毛の先でも見分けられるのだが、車いっぱいに積んだ薪(たきぎ)はいっこうに見えない』と申し上げたら、王様はこれを信じますか」
王はいわれた「いや、信じない」
孟先生がいわれた「いま王様のご慈悲は鳥や獣にまでも及んでいるほどなのに、王様の政治の効果が人民には及んでいないのは、いったいどういうわけでしょう。一枚の羽根を持ち上げられないのは、力を出そうとしないからです。車いっぱいに積んだ薪が見えないというのは、見ようとしないからです。人民の生活が安定しないのは、ご慈悲をかけようとしないからです。ですから、王様が天下の王者でいらっしゃらないのは、なろうとなさらぬからであって、なれないのではありません」
王はいわれた「しないことと、できないことでは、具体的にどうちがうのか」
孟先生がいわれた「(それでは喩えを申し上げましょう)。泰山(斉国にある山)を小脇にかかえて渤海(斉国の北にある湾)をとびこえることを、人に『自分にはできない』というのは、本当にできないことをいっています。目上の人に腰を曲げてお辞儀をすることを、人に『自分にはできない』というのは、できないのではなく、しないことをいっています。ですから、(王様が仁政を敷かれて)天下の王者でいらっしゃらないのは、泰山を小脇にかかえて渤海をとびこえようとする類(たぐい)のことではなく、目上の人に腰を曲げてお辞儀をする類のことなのです」
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