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2010年6月

公孫丑篇 二章①

「公孫丑(こうそんちゅう)篇」の第二章は、『孟子』全章の中で二番目に長い章です(最も長い章は、梁惠王篇第七章です)。この章では「浩然(こうぜん)の気」について語られています。

【訓読文】

公孫丑(こうそんちゅう)問いていわく「夫子(ふうし)、斉(せい)の卿相(けいしょう)に加(お)り、道を行うことを得ば、此(こ)れに由(よ)りて覇王たらしむと雖(いえど)も異(あや)しまず。此(か)くの如(ごと)くんば則(すなわ)ち心を動かさんや否(いな)や」。

孟子いわく「否、我四十にして心を動かさず」。

いわく「是(か)くの如くんば、則ち夫子(ふうし)は孟(もうふん)に過ぐること遠し」。

いわく「是(こ)れ難(かた)からず。告子は我に先んじて心を動かさざりき」。

いわく「心を動かさざるに道有りや」。

いわく「有り」。

【現代語訳】

公孫丑(こうそんちゅう)がたずねた。「先生がもし斉の宰相の地位に就かれて、先生が説かれる道を実際の政治に行うことができましたら、そのことによって斉王を覇者にも王者にもできることは不思議には思いません。しかし実際に宰相の地位に就かれるとなると、先生とて動揺されることがあるのではないでしょうか」。

孟先生が答えられた。「いや、私は四十を越えてからは、動揺することがなくなった」。

公孫丑がいった。「もうしそうでしたら、先生の勇気は勇士として名高い孟(もうふん)よりはるかにまさっておられますね」。

孟先生がいわれた。「それほど難しいことではない。告子でさえ、私より前から動揺しなかった」。

公孫丑がいった。「心が動揺しないのになにか方法があるのですか」。

孟先生がいわれた。「ある」。

(もうふん)は有名な勇士ですが、生国など詳しいことは分かっていません。また告子については、墨家の告不害(こく・ふがい)との説もありますが、思想的には道家的であることから別人であるとの説もあります。

本省の冒頭は、不動心についてです。孟子は、自分は動揺することがない、といい、それは方法さえ知っていれば難しいことではない、といいます。

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