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公孫丑篇 八章

七章の最後で、自省することの大切さが述べられていましたが、八章は、人から学ぶ姿勢、さらには協働することの重要さが説かれます。

【訓読文】

孟子いわく「子路は、人、之(これ)に告ぐるに其(そ)の過ちを以てすれば、則(すなわ)ち喜べり。禹(う)は善言を聞けば、則ち拝せり。大舜(しゅん)は焉(これ)より大なるもの有り。善きことは人と同(とも)にし、己を舎(す)てて人に従い、人より取りて以て善を為すことを楽しめり。耕稼陶漁より、以て帝と為(な)るに至るまで、人より取るに非ざるものなし。諸(これ)を人より取りて以て善を為すは、是(これ)人とともに善を為すものなり。故に、君子は人とともに善を為すより大なるはなし」。

【現代語訳】

孟先生がいわれた。「(孔子の高弟であった)子路は、自分が気付かなかった過ちを人から忠告されると、大いに喜んだ。(夏王朝の始祖である)禹王は、他人から善いことを聞くと、(感謝の意を表して)頭を下げた。帝舜は、この二人よりさらに偉大であった。善いことは人といっしょに行い、(他人に善いことがあれば)自分を捨ててその人のやり方に従い、人の善いところを取り入れて、これを実行することを楽しんでいた。歴山で耕作し、黄河の畔で瓦器を焼き、雷沢で漁業を営んでいたころから、(帝堯に登用され、やがて禅譲されて)天子となってからも、人の善いところを見つけては必ずこれを取り入れていた。他人の善を取り入れてこれを実行するのは、人と一緒に善を実行することと同じである。だから、君子は、人と一緒に善を実行することより偉大なことはないのである」。

舜は、実の父、継母とその連れ子の三人から憎まれ、何度も殺されかけましたが、父への孝を持ち続けた聖人です。舜は若い時にさまざまな仕事をしましたが、その都度、人々に慕われたので、舜のいる所、必ず大きな街ができたといいます。儒学では、帝堯とならぶ伝説上の聖人です。

人の善いところを取り入れる謙虚さ、学ぶ姿勢は大事です。しかし、一緒に善を実行する協働関係になることはもっと重要です。善の実行にみなが参加するような社会が理想だからです。孟子は「他人の善を取り入れてこれを実行するのは、人と一緒に善を実行することと同じである」と言っていますが、取り入れた側の徳が大きくなければ、人々の気持ちは一緒になれません。

吉田松陰も、「自分の小さな知恵や才能をさしはさまず、広い心をもって他人の知恵や才能を採用し、さらに他人の善心を勧め助けて、ともに道を進むべきである」といいます。しかし同時に「人を誘って、道を進もうとする者は極めて少ない」といいます。人を引き込むだけの魅力がないと、人は一緒に進んでくれません。松陰はその魅力があった数少ない人物でした。

これで、「公孫丑篇八章」を終わります。

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