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公孫丑篇 六章①

六章は、孟子の「性善論」を述べた章ですが、同時に、儒教の重要な概念である「四端」も登場します。

【訓読文】

孟子いわく「人皆、人に忍びざるの心有り。先王、人に忍びざるの心有りて、斯(すなわ)ち人に忍びざるの政(まつりごと)有りき。人に忍びざるの心を以て、人に忍びざるの政を行わば、天下を治むること、之(これ)を掌(たなごころ)の上に運(めぐ)らすがごとくなるべし」。

【現代語訳】

孟先生がいわれた。「人は誰もが、(他人の不幸や苦痛を見過ごしにできない)同情心を持っている。古代の聖王は、この、人に対する同情心を持っていたからこそ、人民に対する同情心あふれる政治(仁政)を行ったのだ。人に対する同情心をもって、人民に対する慈しみ深い政治を行えば、天下を治めることは、掌(てのひら)の上でころがすように、いとも簡単にできるだろう」。

「人に忍びざるの心」とは、他人の不幸や苦痛を見過ごしにできない心であり、慈しみ深い心です。「梁惠王篇」七章の冒頭で、儀式の犠牲(いけにえ)として引かれていく牛に同情した斉国の宣王が「忍びず」といったのを聞いて、その心が天下の王者になる第一歩だと孟子は言いました。そのときも「天下は掌(たなごころ)に運(めぐ)らすべし」と、同じ表現を使っています。

次に孟子は、なぜ「人皆、人に忍びざるの心有り」(人は誰もが、人に対する同情心を持っている)と言えるか、その理由を述べます。

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