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公孫丑篇 十一章③

孟子に用があった斉(せい)の宣王は、風邪だと言って、孟子を召し出そうとします。王の誠意に疑問を持った孟子は、仮病を使って参内しませんでした。その翌日、孟子が出かけて留守のときに、王の使者が見舞いに訪れたため、進退に困った孟子は、知人の景丑(けいちゅう)の屋敷に泊ることにしました。こうした経緯を知らない景丑は、孟子の王に対する態度を非難します。

【訓読文】

景子(けいし)いわく「内には則(すなわ)ち父子、外には則ち君臣というは、人の大倫なり。父子は恩を主とし、君臣は敬を主とす。丑(ちゅう)は、王の子(し)を敬するを見るも、未だ王を敬する所以を見ざるなり」。

いわく「悪(ああ)、是(こ)れ何の言(げん)ぞや。斉人(せいひと)仁義を以て王と言う者なきは、豈(あに)仁義を以て美ならずとなさんや。其の心にいわく『是れ何ぞ与(とも)に仁義を言うに足らんや』と云うのみ。則ち不敬(なること)是れより大なるはなし。我、堯舜(ぎょう・しゅん)の道に非ざれば、敢えて以て王の前に陳(の)べず。故に斉人は我の王を敬するに如(し)くなきなり」。

【現代語訳】

景氏が孟先生にいった。「家庭内では父子の関係、家庭を出れば君臣の関係が、人が守るべき大きな道徳です。父子のあいだは恩愛が第一ですし、君臣のあいだは敬愛が第一です。私は、王があなたを敬われるのは見ておりますが、いまだに、あなたが王を敬われているところを見ておりません」。

孟先生がいわれた。「ああ、これは何ということを言われる。斉(せい)には、王様と仁義の道を語り合う人がいませんが、それは仁義の道をよくないことだと考えているからなのでしょうか(まさかそうではありますまい)。そうでないとしたら、心の内で、『王様は一緒に仁義の道を語り合うには足りない方だ』と思っているのでしょう。そうだとしたら、王様に対する不敬は、これよりはなはだしいことはありますまい。私は、帝堯・帝舜の道でなければ、王様の前では何も申し上げないのです。ですから、斉の人で、私より王様を敬っている人はいないのです」。

孟子は、王の前で仁義の道を語り、王が仁義に照らした政治を行うように働きかけることが、王を敬うということだと反論します。王の前で諂(へつら)い、直言をしない家臣は忠義の者とは言えません。家臣は誠意をもって王に義しい道を語り、王はこれに応えて仁政を布くことが、君臣のあるべき関係であり、敬愛の真の姿である、というのが孟子の主張です。

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