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公孫丑篇 十一章②

宣王が、風邪にかこつけて、孟子を召し出そうとしたことに腹を立てた孟子は、仮病を使ってとうとう参内しませんでした。その翌日、孟子が外出すると、運悪く王の使者がやってきます。

【訓読文】

明日(あくるひ)、出(い)でて東郭氏(とうかくし)を弔(ちょう)せんとす。公孫丑いわく「昔者(きのう)は辞するに病を以てし、今日は弔す。或いは不可ならんか」。

いわく「昔者は疾みしも、今日は癒えたり。之(これ)を如何(いか)でか弔せざらん」。

王、人をして疾(やまい)を問わしめ、医をして来たらしむ。

孟仲子、対(こた)えていわく「昔者は王命ありしも、采薪(さいしん)の憂いありて、朝(ちょう)に造(いた)ること能(あた)わず。今、病少しく癒えたれば、趨(はし)りて朝に造れるも、我能(よ)く至るれるや否やを識(し)らず」と。

数人をして路(みち)に要(むか)わしめていわく、「請(こ)う、必ず帰ることなくして、朝に造れ」と。

已(や)むを得ずして、景丑氏(けいちゅうし)に之(ゆ)きて、宿れり。

【現代語訳】

翌日、孟先生は、(斉の大夫である)東郭氏(とうかくし)を弔問しようとされた。公孫丑が(心配して)申し上げた。「昨日は、病気だといって参内をお断りになられました。それなのに今日、弔問にお出かけになるというのはよろしくないのではないでしょうか」。

孟先生がいわれた。「昨日は病気であったが、今日は治ったのだ。どうして弔問にいかずにおられようか」(といって、お出かけになられた)。

(孟先生が出かけられた後)王の使者が、医者を連れて見舞いに来た。

留守居の孟仲子がお答えした。「昨日、王様のお召しがございましたときは、病気のために参内することができませんでした。今日は病気が少し良くなりましたので、急いで朝廷へ出かけられましたが、無事に着くことができたかどうか、心配していたところです」。

と言っておいて、数人を使いに出して、孟先生をつかまえて、「どうかお屋敷にはお戻りになられないで、朝廷へお出かけ下さい」と言わせた。

孟先生は、(いまさら参内はしたくないし、かといって帰宅するわけにもいかず)景丑氏の家へ行って、そこに泊られた。

孟仲子は、孟子の弟子か従兄弟、もしくはその両方であると言われています。「采薪(さいしん)の憂い」とは軽い病のことを意味する雅言です。景丑氏は斉の家臣のひとりです。

公孫丑の心配は的中してしまいました。王の使者に対しては、孟仲子が取り繕いましたが、先生の斉国での立場が危うくなるのを恐れた弟子たちは、なんとかして孟子を参内させようとします。しかし、昨日仮病をつかってまで参内しなかった孟子には、今日朝廷に赴くことはできません。かといって、弟子たちの心配を無視して、このまま帰宅するわけにもいきません。窮した孟子は、知人宅に泊まることにしたのでした。

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