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公孫丑篇 十二章①

孟子が、贈り物を受け取ったり受け取らなかったりする、その基準はどこにあるのかを、弟子の陳臻(ちんしん)が尋ねます。

【訓読文】

陳臻(ちんしん)問いていわく「前日、斉(せい)において、王、兼金一百を餽(おく)りしも受けず。宋においては、七十鎰(いつ)を餽られて受け、薛(せつ)においては、五十鎰を餽られて受く。前日の受けざりしが是(ぜ)ならば、今日の受くるは非(ひ)なり。今日の受くるが是ならば、前日の受けざりしは非なり。夫子(ふうし)必ず此(こ)の一(いつ)に居らん」。

【現代語訳】

弟子の陳臻(ちんしん)が尋ねた。「先日、斉(せい)の国で、先生は、王から銀百鎰(いつ)を贈られたのに、固辞されました。しかし、最近、宋の国では、七十鎰を贈られて受け取られ、薛(せつ)の国でも五十鎰を贈られて受け取られました。もし、先日(斉で)固辞されたのが正しいのならば、最近(宋や薛で)受け取られたのは間違っていることになります。もし最近受け取られたのが正しいのならば、先日固辞されたのは間違っていることになります。先生のお考えは、必ずこのうちのどちらか一つにあるのでしょう(それを教えていただけませんでしょうか)」。

この章は、斉の国を離れた後の会話だと思われます。孟子に銀を贈った王は、宣王です。この記述から、斉を離れた孟子は、宋、薛と回ったことになります。宋は斉の隣国です。斉は宣王の後を継いだ王が宋を滅ぼして併合します。薛(せつ)は斉の衛星国で、当時、宣王の異母弟であった田嬰(でんえい)の所領でした。田嬰の子が、有名な孟嘗君(もうしょうくん)です。兼金は銀のこと、鎰は銀の重さで二十両に相当します。

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