« 公孫丑篇 十四章① | トップページ | 公孫丑篇 十五章 »

公孫丑篇 十四章②

前述のように、孟子には召さざる所の臣」という自負があります。実際、孟子は宣王から特定の役職を与えられたわけではなく、王の顧問として振舞っていました。しかし斉(せい)の多くの人には、そうした事情は分かりません。孟子が蚳鼃に「どうしてまだ諫言しないのか」と責めたことは、斉の国のためにも、蚳鼃個人のためにも、良いことをしたと評価しましたが、実際、蚳鼃の諫言が用いられず、蚳鼃が辞職すると、その原因を作った孟子には責任はないのか、と孟子を非難します。

「自らためにせる所以は」を、「孟子が自分の役目を果たしているかどうかについては」と解釈する説もありますが、孟子は普段より、宣王を王道に導くために、王の耳に痛いことも言っていますから、役目を果たしていないわけではありません。ここは、蚳鼃の士師としての責任は追及しながら、その結果に対する自分の責任には知らぬふりをしていることを非難しているのでしょう。

それに対する孟子の答えは明快です。自分は、士師の責任を果たしていない者を責めたのであって、その者の諫言が用いられるかどうかにまで責任は持たない。「召さざる所の臣」である自分は、王の助言者なのだから、本件に関して責任をとる必要ない、というものでした。

貝塚茂樹は、孟子の弁解は、論理的に成立するとしながらも、「道徳的な責任」について、表面上けろりとしているところを問題にしています。孟子も、おそらく友人であった蚳鼃に対し、心中は「すまなかった」と思いつつ、他人から非難されると「身構えて反駁する」。孔子に比べて、孟子は理に勝ちすぎ、情に欠ける点を指摘します。

吉田松陰は、「今、既に数月なるも、未だ以て言うべからざるか」の「未」の一字が、非常に意味が深いといいます。数ヵ月も経って一言もないのは、初めて官を拝命しその職をよく知っていないために諫言する余裕がないのか、同僚や先輩に遠慮するところがあるのか、まだ諫言するほどの大きな問題が生じていないのか、と孟子は蚳鼃の心中を推察したのだろうと、解釈します。その上で、孟子が彼に注意した要点は、時機を待って言おうと思っていると、言うべき時機を逸してしまう、事の大小に関係なく一日も早く申し上げよ、ということだといいます。松陰の指摘は、われわれの仕事に対する姿勢にも当てはまります。

これで、「公孫丑篇十四章」を終わります。

|

« 公孫丑篇 十四章① | トップページ | 公孫丑篇 十五章 »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 公孫丑篇 十四章②:

« 公孫丑篇 十四章① | トップページ | 公孫丑篇 十五章 »