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公孫丑篇 十七章①

紀元前三一七年、斉(せい)の北隣の燕(えん)で、王が宰相に王位を譲る、という「事件」が起きました。燕王噲(かい)は、宰相である子之(しし)に政治を任せきりでしたが、聖王とおだてられて、古の聖人堯・舜をまねて、子之に王位を禅譲してしまいます。しかし、子之にも統治能力はなく、さらに前三一五年になると、噲の長子平(へい)が子之を攻める兵を挙げたため、国内は内乱状態になりました。

斉の宣王は、これを機に燕を攻め取るべきか、孟子の考えを聞くよう、家臣の沈同(しんどう)に命じます。

【訓読文】

沈同(しんどう)其の私(わたくし)を以て問いていわく「燕(えん)は伐(う)つべきか」と。

孟子いわく「可なり。子(しかい)は人に燕を与うることを得ず。子之(しし)は燕を子噲より受くることを得ず。此(ここ)に仕(し)有りて、子(し)之(これ)を悦(よろこ)び、王に告げずして、私(ひそ)かに之に吾子(ごし)の禄爵を与え、夫(か)の士も亦(また)王命無くして、私かに之を子(し)より受くれば、則(すなわ)ち可ならんや。何を以てか是(これ)に異(こと)ならん」。

斉人(せいひと)、燕を伐つ。

【現代語訳】

斉(せい)の大夫沈同(しんどう)が、(本当は王に命じられたのだが)私的に聞きたいといって、「燕(えん)を伐ってもよろしいでしょうか」と尋ねた。

孟先生がいわれた。「伐ってもよいでしょう。燕王噲(かい)は、(天子の許可なく)勝手に人に燕国を与えることはできません。また、子之(しし)も勝手に燕王から国を譲り受けることはできません。例えばここに一人の役人がいて、あなたがこの者を大変気に入ったからといって、王の許可なく、勝手にこの者にあなたの俸禄や爵位を与え、当人もまた王命もなく勝手に俸禄や爵位をあなたから譲り受けたとすれば、それは許されることでしょうか。今回の燕の内紛は、これと同じことです」。

その後、斉は燕を伐った。

孟子が目指していたのは王道政治です。仁政で自国の民を慈しめば、他国の悪政に苦しむ民は、競って自国へ流れてくるでしょう。人口が増えれば国は富み、兵力も大きくなります。また、悪政に苦しむ民は、民を慈しむ君主が攻め込んでくれば、喜んでこれを迎えるでしょう。孟子の目には、燕の状況は、燕王とその宰相の義(ただ)しくない政治、つまり悪政が生んだのであり、民はそのために苦しんでいる、と映りました。ただ、その燕を斉が攻めることは、本当に王道だったのでしょうか。

吉田松陰は、「子(しかい)は人に燕を与うることを得ず。子之(しし)は燕を子噲より受くることを得ず」をとりあげます。上は天子から、下は庶人にいたるまで、土地、人民、田畑・宅地は、みな自分の私有物ではなく、必ず受け継いだものだから、勝手に人に与えてはいけないといいます。だから、幕府が自分の私有地でもないのに、箱館(函館)・下田をアメリカに与えたり、クシュンコタン(大泊)をロシアに与えたりするのは、とうてい理解できない、と断じています。孟子の言葉を、憂国の論理に使っています。

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