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公孫丑篇 二十一章①

孟子はとうとう斉(せい)を去りました。宣王の孟子への信頼が厚かっただけに、斉の家臣からのやっかみを受けたにちがいありません。そうした連中は、王と孟子の関係が良好な時は黙っていますが、いざ孟子が職を辞することになると、孟子を悪くいい始めます。

【訓読文】

孟子、斉(せい)を去る。尹士(いんし)、人に語りていわく「王の湯(とう)・武(ぶ)為(た)るからざるを識(し)らざれば、則(すなわ)ち、是(これ)不明なり。其の不可なるを識りて、然(しか)も且(か)つ至れるならば、則ち、是、沢(たく)を干(もと)むるなり。千里にして王に見(まみ)え、遇(あ)わざるが故に去るに、三宿して後に昼(ちゅう)を出(い)ずるは、是、何の濡滞(じゅたい)ぞや。士は則ち玆(これ)を悦(よろこ)ばず」と。高子(こうし)、以て告ぐ。

【現代語訳】

孟先生が、ついに斉(せい)国を去られた。(斉の家臣の)尹士(いんし)という者が、人にこう語った。「宣王に、商の湯王(とうおう)や周の武王のように天下を統一できるだけの器量がないことが分からないで、斉に来たとすれば、孟子はそれだけ不明な人であったということになる。また、宣王に器量がないことを知りながら、斉に来たとすれば、俸禄を求めて来たことになる。千里の遠方から王に会いに来て、王と意見が合わないからといって去ったのに、(都の郊外の)昼(ちゅう)に三泊もして、ようやく出立するとはなんとぐずぐずしていて未練たらしいのだろう。私は、これを快く思いませんね」。(孟子の門人である)高子(こうし)が、孟先生にこの話を伝えた。

沢(たく)は、恩徳(めぐみ、なさけ)、俸禄・給与のことです。濡滞(じゅたい)は、とどまり、とどこおる、ことから、ぐずぐずするという意味です。

そもそも、この尹士(いんし)という家臣は、主君である宣王を「商の湯王(とうおう)や周の武王のように天下を統一できるだけの器量がない」という不忠者です。他国出身の孟子が、湯王や武王になれる素質(慈悲の心)があるとみて、宣王に期待をかけたのです。家臣であれば、主君をそれほど高く評価してくれる孟子を称賛こそすれ、不明だとか、金目当てなどというべきではありません。まさに小人(しょうじん)です。

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