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公孫丑篇 十九章③

宣王は、孟子に都の中心に住まわせ、厚禄をもって遇することで、斉(せい)に引き留めようとします。それに対する孟子の答えです。

【訓読文】

孟子いわく「然り。夫(か)の時子(じし)、悪(いずく)んぞ其の不可なるを知らんや。如(も)し予(われ)をして富を欲せしむれば、十万を辞して万を受く。是(こ)れ、富を欲すと為さんや。季孫いわく『異なるかな子叔疑(ししゅくぎ)。己(おのれ)をして政(まつりごと)を為さしめ、用いられざれば則(すなわ)ち亦(また)已(や)めんのみ。又(また)其の子弟をして卿(けい)たらしむ』と。人、亦、(たれ)か富貴を欲せざらん。而(しか)るに、独り富貴の中(うち)に於いて、龍断(ろうだん)を私(わたくし)するものあり。古(いにしえ)の市(あきない)を為すや、其の有(も)てる所を以て、其の無き所の者に易(か)え、有司(ゆうし)は之(これ)を治むるのみ。賤(いや)しき丈夫(おとこ)あり。必ず龍断を求めて之に登り、以て左右を望みて市利を罔(あみ)せり。人、皆、賤しと以為(おも)い、故に従いて之を征(ぜい)せり。商(あきんど)を征するは、此の賤しき丈夫より始まれり」。

【現代語訳】

孟先生がいわれた。「そうか。あの時子(じし)では、私がそうするわけにはいかないことが分からないだろう。もし私が富を欲しいのならば、どうしてこれまで十万鐘(しょう)の禄を断って、一万鐘の禄を受け取ることがあろうか。これでも(私が)富を欲している人間だといえるだろうか。季孫(きそん)氏がこういっている。『おかしな男だ、子叔疑(ししゅくぎ)は。自分が卿(けい)になって政治を行った(が、やがて用いられなくなった)。政治の任に当たる者は、用いられなくなったら辞職するだけである。それなのに彼は、(自分が用いられなくなった後)子弟を卿の地位につけた(。これはまったくおかしなことである)』と。人は誰しもが富貴を望むものである。しかし子叔疑は、富貴のなかにあって、これをひとり占めしようとするやり方である。昔の商いをする者は、自分に余っているものを、不足しているものと交換していた。役人はこれを(不正が行われていないか)監督するだけであった。だがあるとき、ひとりの欲深い男があらわれ、必ず小高い丘に登って、左右を見回して、(安く売られているものを買って、高く買われているところで売ることで)利益を独占した。人は皆、彼を卑劣だと思い、役人も人々の憎しみをもっともだと考えて、彼に課税するようになった。商人に税をかけるのは、この欲深な男から始まったのである」。

征は、税をとりたてることです。「壟(この章では龍)」は小高い丘のことで、「壟断」はそこの切り立った所、という意味です。崖の上から市場の様子を見回して、自分に都合のいい取引をして利益を独占していたのでしょう。「壟断する」という語は、『孟子』で使われているこの故事に由来しています。

孟子は、富で自分をつなぎとめようという宣王の考えが残念でならなかったに違いありません。自分が斉(せい)を去るのは、禄に不足があったわけではなく、自分の提言が用いられなくなったためです。「用いらざれば則(すなわ)ち亦(また)已(や)めんのみ」とは、孟子が宣王にいいたかった言葉です。自分が用いられずに辞する以上、自分の弟子たちを仕えさせようというのは、「壟断を私する」ことなのです。宣王に期待をしていただけに、「何故分かってくださらぬのか」という気持ちも強かったのでしょう。

これで、「公孫丑篇十九章」を終わります。

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