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滕文公篇 三章④

恒産ある者は恒心あり、恒産なき者は恒心なし。正しい税制によって、「恒産」、すなわち民の経済生活を安定させる方法を説いた後は、「恒心」のための道徳教育です。

【訓読文】

「庠(しょう)序(じょ)学校を設け為して、以て之を教う。庠は養なり、校は教なり、序は射なり。夏には校といい、殷には序といい、周には庠といい、学は則(すなわ)ち三代之を共にす。皆、人倫を明らかにする所以(ゆえん)なり。人倫、上(かみ)にて明らかにすれば、小民、下(しも)にて親しむ。王者起こること有らば、必ず来たりて法を取らん。是(これ)、王者の師為(た)るなり。

詩に『周は舊邦(きゅうほう)なりと雖(いえど)も、其れ命ぜられて惟(こ)れ新たにす』といえるは、文王の謂(いい)なり。子(し)力(つと)めて之を行わば、亦(また)以て子(し)の国を新たにせん」。

【現代語訳】

「(次に)庠(しょう)・序(じょ)・学校を作って、民を教育しなければなりません。庠は養の意味で、老人を敬い養う道を教えるところであり、校は教の意味で、子弟を教え導くところであり、序は射の意味で、射礼を教えるところです。夏王朝では校といい、殷(商)王朝では序といい、周王朝では庠といい、(それぞれ呼び方は異なりますが)そこで学ぶ内容は三王朝とも共通のもので、すべて、人倫(人の道)を明らかにする教育でした。上の者が人倫を明らかにすれば、下々の民は互いに親しむようになります。もし天下に王者が興ったならば、必ず(その王者はこの滕に)やって来て、(滕の)やり方を手本とするでしょう。そうなれば、(あなたは)王者の師に為ることが出来ます。

「詩経」に『周は古い国であるが、天命を受けて周を新たにした』とありますが、これは、天命を受けた文王の出現によって、古い国であった周が天下を統一できる国として一新されたことをいいます。あなたも、努めて、私が申し上げたことを実行すれば、また、あなたの国も一新することができましょう」。

射は、周では六芸(りくげい)のひとつで、君子が身につけるべき教養ですが、武を通して礼を学びます。「公孫丑篇」七章にも「仁者は射の如し」とあるように、心の鍛錬が目的なのです。

滕は小国なので、天下を統一するのは不可能です。ですから、孟子の説き方も、魏の惠王や斉の宣王に対するのとは違います。天下の王者にはなれなくとも、王者の手本になることはできるので、それを目指しましょう、といいます。

詩は、「詩経」の「大雅」の「文王篇」からの引用です。「文王之什」の首篇です。

吉田松陰は、この章から、先ず「王者起こること有らば、必ず来たりて法を取らん。是(これ)、王者の師為(た)るなり」の句を取り上げます。君子が政治を行うのは、ただ自分の国だけのためだけではなく、天下後世のために手本となることを願うべきで、それが手本となったとしても、それは自分が考えたとか自分が行ったとか、誇ってはいけないといいます。目先の功利で判断せず、天下後世のためになるかを考えるようでないと、政治を一新することはできないのです。

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